事例紹介

若女将のDX奮闘記 ~「匠の技」から「チームで働く」に変化する旅館~

提供:旅館あけぼの

1889年創業の老舗旅館あけぼので、若女将となった音成亜美さん。実家の旅館業を継ぐことになった経緯から、匠の技で回る現場をどのように改革していったのかをインタビューしてきました。

旅館を継ぐことになった経緯

中島/SISC

音成さんは東京からUターンで佐賀に帰ってきて、実家の旅館業を継いだとお聞きしました。

佐賀へ帰って家業を継ぐことは最初から考えておられたんですか?

音成さん

私は2人姉妹の姉なので旅館は自分が継いだ方がいいんだろうなとは思ってはいましたが、両親とちゃんと話ができていなくて踏ん切りがつきませんでした。親もきっと継いで欲しいんだろうなと思っていましたが、当時はコロナ禍でビジネスも順調ではなかったので「無理はしないで」という感じでしたね。

中島/SISC

コロナの影響もあってなかなか厳しい状況だったのではないかと推察しますが、それでも家業を継ぐ決意をされたのはどうしてでしょうか?

音成さん

父が亡くなったことがきっかけです。
2021年に佐賀に戻ってしばらくはリモートで元の仕事をしていたのですが、「これはもう宿命だ。自分が継ぐしかないな」と思いました。そして2022年の6月から旅館に入り、今現在、若女将になって1年半弱くらいです。

中島/SISC

昨年のITフェアにも登壇して、これから進めていくデジタル化・DXについてスピーチをされていましたよね。1年半弱とは思えないほどの行動力に驚きが隠せません(笑)

就業1日目で感じた課題

中島/SISC

環境の変化や働き方の変化は音成さんにとってもかなり影響が大きかったんじゃないかなと思います。

旅館業は大変なイメージがあるんですが、何が1番大変でしたか?

音成さん

旅館の仕事を始めて一番大変だったのは、「情報共有」や「指示系統」がすべて口頭&手書きだったことです。
手書きの予約帳を見ないと全部の情報がわからないとか、指示系統もバラバラで「本当の情報は何?」となることもありました。
見える化して、誰もがどこからでも情報にアクセスできる状況を早急に作らないと、ミスが起きてお客様に迷惑をかけるし、新しく人を採用することも難しいと思いました。

私自身はものすごくフラストレーションを感じていましたが、従業員のみんなはすごい匠の技で回していたんですよ。でもこれでは新しいスタッフが育たない、これは早急にデジタル化する必要があるなと初日から面食らいました(笑

中島/SISC

経験と勘で仕事が回っている、というのは老舗企業あるあるですね。

音成さん

そうですね。先ずは手始めにコミュニケーションツール「チャットワーク」を導入しました。当時は20名いる従業員の8割が60代以上で、慣れるまでは大変でしたが、今では皆かなり使いこなしています。

前職での経験を活かして(チームワーク)

中島/SISC

リモートワークなど会社勤めをしていた時の働き方と、旅館に入ってからの仕事のやり方では大きなギャップがありそうですね。ちなみに、前職はどんなお仕事をされていたんですか?

音成さん

外資系食品メーカーのマーケティングです。売上と利益をあげるための事業・ブランド戦略を考えていました。
デザインを決めるとか、味はこれがいいんじゃないかとか、組み立てていくのは他の部署の人たちとつながってやっていく必要があるので、すごくチームワークが求められました。

そんな職種で24年間くらいやっていたので、チームでやっていくということが割と身についていました。

中島/SISC

なるほど、前職の経験が活きているわけですね。

情報のやり取り以外にも他に役に立ったことはありますか?

音成さん

そうですね。うちは「旅館」と名前についているんですけど、市内の人は会食や仕出しのイメージが強く、最初に旅館に入って、売上をみた時には宿泊よりも会食とか飲み会系の飲食の売上の方が大部分だったんです。

「お泊り」という箱(設備・部屋)があるから、ここを活用しないことにはもったいない。まだまだ宿泊事業は伸ばせそうだと感じました。

当時はコロナで飲み会もガクッと減っていましたし、コロナが開けた時に100%以前のようには戻らないだろうなと予想しました。そうすると、収入の大部分を会食だけに頼るってリスクが高いなと。

コロナがあけたら旅行に行く人は増え、海外からも多少はインバウンドがあるだろうし、これは宿泊事業と、会食事業の2つ軸をちゃんともっておいて、立て直しをしておくことが重要だなと思いました

宿泊の方に特化した改修工事や宿泊プランの見直し、価格の見直しを最初に行いました。会食の方もメニューを少しづつ入替えをして、会食は市内の方をターゲットにリピーター得られるよう、メニューを刷新し続けていこうと思っています。

中島/SISC

まさに、マーケティングですね。
経営の視点もしっかりと持っていらっしゃるのが素晴らしいなと思いました。

予約管理システム(PMS)の導入(経営目線)

中島/SISC

ツールの導入が目的になってしまう企業さんも多いですが、本当に大事なのは「そのツールを入れることによってどんな未来を実現したいのか」という目的・方針ですよね。

「宿泊にもっと力を入れる」という方針が出来上がったうえで、予約管理システム(PMS)の導入に取り組まれたことがポイントだと思います。

あけぼの事例

中島/SISC

システムを入れる前はどのように対応されていたのでしょうか?

音成さん

手書きで1冊の予約帳に記録していました。誰かが予約帳を持ち出している時に、予約の電話がかかってきて「予約帳どこ!?」と慌てることも多かったです。 

本当にベーシックな話なのですが、システムを入れてからはお電話を受けて、お名前とお電話番号入力すると、リピーターとして過去の記録が出てくるので、「以前もご利用いただいてた、〇〇様ですね」っていう一言が出てくるようになりました。そういう小さなことがやっぱりすごく大切だし、対応が終わった後は「今のいいね、これができるのはやったね!」という感じでスタッフと喜んでいます(笑)

中島/SISC

業務効率化だけでなく、お客様へのサービスが向上することになったというわけですね。

システム選定時に困ったこと

中島/SISC

今回の取り組みの中で苦労したことなどがあれば教えてください。

音成さん

一般にパッケージで市販されている予約管理システムから自分たちに合うものを探したのですが、これがすごいいっぱいあるんですよね。たくさんの種類のシステムを見ましたが、自分たちのビジネスモデルにぴったり合うシステムが全然なく、選考にすごく苦労しました。

しっかりと選考プロセスを経て選んだものを春に導入したんですけど、実際に導入して使ってみないとわからないこともすごくたくさんあるんだなと勉強になりました。システムを別のものに切り替えると決めてからは大急ぎで選考をやり直し、業者さんとミーティングして、ようやく7月中旬頃に今のシステムに切り替えができました。

中島/SISC

実際に使ってみて上手くいかなかった、というのは具体的にどのような事が起きたのか伺っても良いですか?

音成さん

領収書の印刷がフロントで使用するiPadからリクエストできずにすごく時間がかかってしまうとか、お電話での問い合わせでプランや料金を確認したい時に、一度お名前や電話番号などを入れて、仮予約をしないと確認ができないとか。

お客様からするとまだ検討中で料金が知りたいだけなのに名前や電話番号を聞かれるってちょっと嫌ですよね。仮の名前や電話番号を入力して画面が遷移して、ようやく「その日のプランはいくらです」と伝える、そこからまたもう1回確かなお客様情報を入れ直す必要があって、面倒だしすごく動線が悪かったんです。
業務を効率化して、おもてなし力を上げることが私たちの目的なので、それに全然ミートしませんでした。

中島/SISC

ツールを選定する時は自分たちの仕事の目的や動線を考える事がポイントなんですね。どのくらいの期間使ってみて、ツールを変えようと判断されたんでしょうか?

音成さん

導入して1週間くらいで色々と困りごとが出て、3週間くらいで「これを続けると、もっと苦しい状態が続くから早期に判断した方がいいね」という話になりました。
使ってみないとわからないところはありますよね。
そこからは、システムに関してどのくらいユーザーがいるのか、どんな間違いが多いか、よくある問い合わせなど、色々と細かくシステムの業者さんに聞くようになりました。

やっぱりちゃんとその業界に精通してて、実績があるとこを選ぶべきだと思います。

あとは自分たちがありたい姿をどこまではっきりと描けるかがポイントだと思いました。最初のシステムを選ぶタイミングは、私がまだ旅館に半年もいなかったので、「こうしたい」というイメージはあるけど明確ではなかったです。
デジタル化したい動作の流れを描けてるといいなと思います。でもそこが細ければ細かいほど、ぴったりのシステムってないんですよね。その中で、どこを妥協するのかを考えながらやっています。

中島/SISC

妥協、つまり「業務のやり方を変えて対応する」ということも必要になるというわけですね。

音成さん

そうですね。システムに合わせて「じゃあここはルールを決めなおそうよ」とか。あとは「全てを外部の有料のシステムに頼らない」ということもやっています。無料のツールも気軽に使っていますね。

補助金の活用-企業戦略を練るためのツールとして利用する-

中島/SISC

音成さんが気づいたDXをすすめるコツなどがあれば教えてください。

音成さん

自分だけでやらないことですね。全部ひとりでやろうとすると無理なので、プロの方の力を借りること。あと、意外に中小企業向けの補助金など手厚い制度があったりするので、そういう制度は活用していくことです。

中島/SISC

そういった情報収集力も重要ですよね。スマート化センターにも「使えそうな補助金はないですか?」と情報収集に来てくださる方が増えてきました。情報収集の仕方は色々あって、まずネットで調べる方が多いと思いますが、支援機関に話を聞きに行くというのも実は良い方法のひとつです。

音成さん

そうですね。旅館を本格的に継ぐ直前くらいに、「補助金とか結構使ってやってる人が多いよ」という話を聞いたんです。前職の時は補助金なんて使ったことないから知らなくて、色々調べました。ネットで調べてるだけだと「狙い目の補助金はこれだ」とかの情報は出てこないので、やはり人に聞くのは大事ですね。

中島/SISC

補助金の申請準備は大変ではなかったですか?

音成さん

そうですね、見積もりを取るのにも時間がかかるし、締切が近くて申請書を2〜3日で書き上げることも多いです。

ただ、補助金のすごく良いところは、頭の整理として使えるところです。中小規模でやっている事業者ほど、日々現場の仕事を回していくので精一杯なので、しっかり戦略を考えるということになかなか時間が割けないんですよ。補助金の申請書をつくる中で「自分が作りたい未来は何なのか」を、毎回ブラッシュアップさせています。

中島/SISC

素晴らしいです!
目標に対して現状はどうなのか、プロセスはどうするか、戦略と戦術をしっかり考えておくことで結果も全然違ってくると思います。

社内浸透-スタッフに受け入れてもらうために必要なこと-

中島/SISC

整理された計画や戦略などは、スタッフの皆さんにも共有されていますか?

音成さん

「今年のプランはこうで、今はこんな状況です」といった簡単なレベルですが共有はしています。
以前スタッフにアンケートを取ったときに、「会社がどこをめざしているのかわからない」「全体の戦略が見えない」という声が挙がっていました。全員ではないとしても、少なくともそう思っている人がいるというのがわかったので、きちんとシェアしようと思いました。

中島/SISC

スタッフの皆さんがデジタルに慣れて、仕事のやり方が変わることも受け入れてもらう必要があったかと思いますが、どの様に浸透させていったのでしょうか?

音成さん

うちは従業員が20名で、年齢の8割は60代以上、20年以上勤めてくださっている人も多いです。
人によってモチベーションが違うので、それぞれのモチベーションポイントをしっかりと見極めていくことが重要だと思っています。「今月の目標〇〇万、今やっと達成したよ」といって喜ぶ人もいれば、「お客様が館内がきれいに掃除されていて気持ちよく過ごせたと褒めてくれたよ」といって喜ぶ人もいる。計画やビジョンを伝えてもピンとくる人とそうでない人がいるので、伝える努力はしつつも、アクションを起こして実際に変わっていく姿を見せながら一緒に体感していくことが1番ですね。

最初はなかなかツールを導入しても使いこなせないかな、自分で全部やったほうがいいかなと思っていたのですが、全然手が回らなくて(笑)任せてみたら意外とみんな使いこなしていました。

中島/SISC

勇気がいるかもしれないけど任せてみる、というのが素晴らしいです。

音成さん

あと全然ITではないんですけど、お掃除ロボットや自動窓拭き機なども助成金を使って導入しています。新入社員が来ました、といってみんな喜んでいます(笑)そんなこともやり始めて結構今のメンバーで仕事を回していけるねという感じになり、新しいものに対するハードルが下がっているんじゃないかな。作業を機械がやれるものは機械に任せて、自分たちは今までやってたことをもっとよくできるようにするとか、おもてなしの時間にしっかりと力を入れていくようになりました。

中島/SISC

サービスの質がどんどん向上していきそうですね!あけぼのさんの今後がますます楽しみです。

本日はインタビューをお受けいただきありがとうございました!

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